悠仁さま誕生に思うこと
「エッセイ若杉会」九月例会の宿題
悠仁さま誕生に思うこと
二月、白烏((はくう)(頭から爪先まで真っ白なカラス)を見た。
白いカラスは突然変異によるものだと言われているが、ほかの白い鳥がカラスにまざっているのでもなく、また私の眼がおかしくて見誤ったのでもない。確かに白いカラスだった。
宮崎裁判の最高裁判決を傍聴しに行ったのだが抽選に外れた。その際最高裁の上空に舞っている四、五羽のカラスの中に一羽の白烏を見たのだ。多分皇居に住み着いているカラスたちの仲間だろう。
その時は「白烏は瑞兆(ずいちょう)というが、籤に外れてしまった。」「迷信だったのか」
といった軽い気持ちであったが、今になって思うとものすごい瑞兆だったのだ。
その後紀子様に第三子が出来、皇室に四十一年振りに男の子が誕生した。皇太子、秋篠宮に続く皇統を継ぐ宮様の誕生であり、国民は一様に安堵した。
つまり「皇室典範」を改訂して、「女帝を認めよう」、「愛子様の帝王教育を始めよう」といった具合に切羽詰まった状況が、兎に角一時的にでも先送りされたからだ。
僕が一番良かったと思うことは、「愛子さまが女帝にならなくても良くなった」と言う事だ。愛子さまが女帝になったとしたらどんなに大変だったかを思うと、本当に良かったなあと思う。
女帝は大昔に六人ほどつなぎの意味を持つ天皇として存在したそうだ。
近代の天皇制度上は女性の天皇を想定していないから、もしなっていたとしたらどれほど苦労なさったことか、想像するだに恐ろしい。
つまり天皇はいわば「天皇教」とでもいうべき神道の宮司であるから、一切女性の存在と言うか女性が行う事態を想定していない。
「穢(けが)れ」といった宗教上の考え方からして、女性がそれを行うこと自体を一切考えていない。これらを全て整合させ宗教上理論的に整理して女帝にそれをさせることは大変な事態なのだ。
皇室に入る女性は美智子皇后、雅子皇太子妃を見ても大変な苦労をされる。
二人とも精神的な苦痛から病気になられた。つまり俗世間と皇室とがいかにかけ離れているかを身を持って体験され、なんとか慣れるように努力をされているのである。
愛子さまは皇室にお生まれだから、祖母、母よりもそのご苦労は少ないであろうが、女帝となればそのご苦労はまた別である。
兎に角愛子さまは、黒田さんと結婚された清子さまのように素晴らしいお相手を見つけられ一般人となられるのが幸せである。
そのためには、幼稚園・小学校・中学校と進まれる間に色々な男の子を観察し、将来の伴侶となるべく相応しい人物を探されることだ。
先生の批評
◎小品ながら味のあるエッセイ。
◎冒頭ことによい。こういうこともあるーということが、自然に伝わってきて快い。
◎半ばから理屈っぽくなるが「結び」がよく、救われる。同感・・。
◎論旨がしっかりしている点よい。(文の流れもよい。)
◎一行あきは、読みやすくするので歓迎だが、あまり多用すると、かえってブツブツと切れた感じがして雑な印象を与える。「不要」としたところご検討を。
◎肝心な点は、あまりあっさり書かないこと(ことに冒頭の一行)。
・・・ここについては二行目から三行加えました。
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