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2007年7月26日 (木)

「窓」

(一)
 窓から見えるのは、花か緑がいい。

友人が五階に住んでいるが、緑が見えないから引っ越したいと言っている。
眺めも良いのに何故緑が見えないのだろうか。エレベーターもある広い家に、猫一匹と優雅に暮らしているのだが、団地がまだ五年しかたっていないため木々がまだ伸びていないので、五階の窓から緑が見えないのだそうだ。

 それに比べるとうちなんか非常に古い団地だから、エレベーターもなく夫婦二人でこれからどんどん年老いていくのにどうするかと毎日頭が痛い日々なのである。
だが、緑だけは充分すぎるほどある。ベランダから直ぐ近くに木々が伸び、鳥が巣をかける。いつだったか直ぐ前の木に鳩が巣を作り、卵を抱き孵して雛を育てる有様が、目の当たりに見える日々が続いた。
鳩はあまり好きになれない鳥なのだが、このときばかりは親鳩の愛情こまやかな様子を毎日カーテンの隙間からのぞいて楽しんでいた。

(二)
木々は古びない。毎年の歴史を繰り返していつ見ても飽きの来ないたたずまいである。
真似をしたいようなしっかりとした生き方だ。

私は巨樹を見上げた時、この木の生きてきた長い歴史を思い大先輩として畏敬の念に駆られる。

花は可憐で弱弱しそうだが、実はかっちりと生を実現している。花自身が滅び行くことは当然のこととして何の心配もなく花開き、そして散ってゆく。


見事な生き方である。
植物は動物よりも長く生き、動く事ができなくとも何の憂いもなく何万年の生を実現している。

(三)
戦争中窓ガラスに和紙を細く切って十文字斜めに貼っていたそうだ。イギリスの国旗のデザインのように。
つまり爆弾が落ちた時に爆風でガラスが飛び散るのを防ぐと言う意味だった。実際には爆弾はそんなやわなものではなく、ガラスどころか家が吹っ飛び木っ端微塵になった。
焼夷弾は木造の日本家屋を焼き尽くし多くの人命が奪われた。戦争は兵隊よりはるか多くの一般人の命を奪ったのである。

日本は窓を和紙で塞いだようにアジアと世界を見通す窓を自ら塞ぎ、破滅の道を辿っていった。

窓は大切だ。時には開け放し新しい風をとりこみ、常に周りの状況を眺め自分を確認する事が出来る。

今の日本は窓を大きく開いて、東アジアの民主的な平和的な発展をリードしてゆく責任がある。
 イラクに軍隊を送り、またアフガニスタンに軍隊を送りたいなどと言っている場合ではない。
平和憲法を更めて遵守していかなければ東アジアのどの国も窓は開けないだろう。

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