2006年8月12日 (土)

我が愛する・・・

  「我が愛するQちゃん」               
 昔、九官鳥を飼っていた。ごく当たり前にQちゃんと名付けていた。
この鳥は自分で買ったものではなく、無理やり押し付けられたようなペットだった。

 うちの前にはEさんという知人に飼われていたが、Qちゃんがそこへ来ることになったのは全くの偶然であった。
 Eさんが近くの河原を散歩していた時、まだ幼鳥のQちゃんがバタバタともがいていたそうだ。多分近くで飼われていたのだが、鳥籠を洗うすきに逃げ出したのだろう。
 
 九官鳥はもし日本国内で放した場合、寒さと餌の問題で直ぐ死んでしまう。Qちゃんは運良くその前にEさんに助けられたのだ。
 
QちゃんはEさん宅で「えーらっしゃい」と叫んでいたので、多分近くの寿司屋に飼われていたものと思われる。しばらく落ち着いていたが、今度は病気持ちのEさんが再発したため九官鳥の面倒を見られなくなり、うちに廻ってきた。
 
 九官鳥を飼った事がなく、また昼間は誰もいなくなるので可哀相だからと断ったがどうしてもという事でとにかく一時的に預かるということになった。

 QちゃんはEさん宅から鳥籠に入って来たが、うちでも九官鳥用の鳥籠を一つ買った。それは籠が一つだけだとすぐ汚れ、それを洗っている間に逃げやすいからだ。二つあれば鳥を別の籠に移して、汚れた方をゆっくり洗うことが出来る。
 
 普通鳥類は水浴びが大好きで、籠の中に水を張った鉢を入れてやるとバシャバシャと上手に羽を洗う。しかしQちゃんは不思議に自分一人で水浴びが出来ず、籠の上から如雨露で水をかけてやると喜んでバタバタする鳥らしからぬ鳥だった。
 
 九官鳥はアジアの南方に群れて棲息しているそうで、現地では熟した果物の柔らかい果肉を食べているらしい。日本では九官鳥用の餌というのが袋に入って売っている。それを水かお湯で戻してやると軟らかい餌となる。乾燥した餌は食べないから毎日それを作ってやらなければならない。その餌は腐りやすいので大量に作って与えておくという事は出来ない。つまり九官鳥を飼っている限り泊りがけの旅行は出来ない。もしそうしたければ、どこかに鳥を預けなければならない。獣医さんや鳥屋で預かる事は預かるのだがその費用は結構高く、そして鳥屋に預けた時などは大抵蚤などがうつって帰ってくるのであった。

 その頃は九官鳥を飼うのがブームで各町内に一羽はいるような状況だったからどこでも籠と餌は売っていた。うちでは餌は家内が主に作っていたが、Qちゃんは不思議に嘴で家内の親指に噛み付いたりした。九官鳥の嘴にかまれると非常に痛い。これはQちゃんが雌だからではないかと思っている。つまりQちゃんは家内にやきもちを焼いて噛み付いたのではないかと推測している。

 九官鳥は雌雄同体で見た目ではその差は全くわからない。現在まで雌雄を分別する方法がない。だから雌雄を一緒にして巣引きさせる(こどもをつくる)ことが出来ない。最近「外国でDNAで雌雄を分別して子をつくることに成功した」と読んだことがあるが詳しくはわからない。
 
 日本では江戸時代に巣引きに成功したとの記録があるので、その頃の技術はものすごく進んでいたと判断される。ただその術は伝えられていないので今となってはなにもわからない。

 Qちゃんは僕が手の平を出すとちょこんとその上に座りじっとしている。手の平の温かみが気持ちよいのか眠るような仕草さえしめすのだ。手乗り九官鳥である。こんなに人に警戒心を持たない鳥は珍しい。こうしながら僕はQちゃんにいろいろな言葉を教えた。どんな言葉だったかもう忘れたが随分多くの言葉を話し、まるで人の言葉が判るように返事をするようになった。僕は動物は言葉ではなく人間の考えを理解出来ると思っている。つまり以心伝心で人の考えが伝わると考えている。

 Qちゃんは十何年生きて我々を楽しませ、最後は九官鳥のよくかかる病気になって死んだ。今はペットの共同墓地の中で他の動物たちと仲良くやっていることだろう。

 Qちゃん有難う。

※エッセイ若杉会7月例会の宿題(我が愛する・・・)


 *優しい心にあふれた好エッセイ
 *九官鳥のこともいろいろ教えてもらえる
 *九官鳥Qちゃんへの「理解」が「愛」だとしみじみ理解できる文章
 *ユーモラスな文章も快い
                                (先生の評)

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